初めまして
melloと申します
今回のテーマは『夢を与える仕事』についてです
結果だけ知りたい方向けに結論を先に書かせて頂きます
娯楽は娯楽に徹して欲しい
内容が気になった方は引き続きご覧ください
さて、今回は夢を与える仕事についてです
夢を与える仕事、というと色々あります
簡単に思いつくのは、ディズニーランドのキャストなどでしょうか?
私には、昔から思っている事があります
そういった実利ではなく、『楽しい』と思う瞬間を提供する職業の方が自らの業務を「仕事ですから」と言ったら夢が崩れるというか冷めませんか?
ディズニーランドでミッキーの着ぐるみを着ているキャストに会って、「やったーミッキーだー。なんでこんな所に居るのー?」と無邪気に質問して「いや、仕事ですから」と答えられたら冷めませんか?(本当は着ぐるみの人は喋りませんが)
客が金を払っているからやっているんだと言われたら、だったら辞めとこうかなと思ってしまうのは私だけでしょうか?
もちろん、飲食店で「なんでこんなに美味しい食事を提供してくれるんですか?」と聞いた時に「仕事なんで」とか「儲かるから」と答える分には何も思いません
いや、むしろ仕事に徹していてカッコいいとすら思います
別の例を挙げると、アイドルをしている若い娘が10も20も30も歳が離れたキモオタに愛想を振りまいてくれるのを、「仕事なんで」とか「儲かるから」と言われたらどうでしょう?
いや、そりゃそうだろうけど…
となりませんか?
疑似恋愛物という括りで言うと、ホストやキャバクラなどでも言えますね
なんでこんなに優しく接してくれるの?という疑問に
「仕事だから」とか「儲かるから」と言っていたら、その人物は売れると思いますか?
中にはそんな調子の人が居ても、「正直者で良い」と肯定してくれる人も居るかもしれません
ただ、それは夢を売っている事になっているのでしょうか?
前述した通り、実利に沿って仕事に徹している人はカッコいいと思います
大工が家を作った時、そこに暮らす人の事を考えて薄利であっても専門知識や長年の経験則から、手が込んだ事をしてくれるのは素敵な事です
それに対して、仕事だからやっている(数をやったり、名前を売る目的でやるとしたら)儲かるからやっていると言うのは、職人気質でカッコいいです
ですがそこに、「良い家に住んだら仕事も家庭も上手く行く」という風な『夢』を乗っけられるとどうでしょう?
確かにそういう精神的な面もあるようにも思いますが、実際問題人生が上手く行くかどうかなんてその人次第ですから、そんな進研ゼミの漫画みたいな事はありません
不動産はどこまで行っても実利に依る物ですから、コスパ・タイパを重視すべきです
良い家に住んだら人生が好転したというのは、パワーストーンを買ったら人生が好転したと言っているのと変わりません
ただ、人生に於いて全てを実利…つまりはコスパ・タイパで選んでしまう事はあまりに無味乾燥な生き様です
人間どこかで人生に潤いを求めます、そういった時の潤いとして娯楽があるのです
その潤いとしての娯楽に於いて実利を臭わされると楽しめません
私が娯楽の最高峰と思う小説に於いても、印税の関係で文字数やページ数を増やされていると感じてしまうと途端に面白く思えなくなります
疑似恋愛物の娯楽に話を戻しますと、アイドルの子に彼女彼氏が居た、という事が話題になるのもこういった話だと思われます
アイドルのスキャンダルに対し「付き合えると思ってんの?」と馬鹿にしたがる人がいますが、そういった人はディズニーランドのキャストがダルそうに仕事していたり「客多すぎてウゼー」と言っていても楽しめるのでしょうか?
実利を売る商売である大工に家を作って貰うように依頼して出来上がったのがプレハブ小屋だとしても喜べるのでしょうか?
そりゃあ住むには住めるけど…と泣き寝入りしますか?
普通の人なら契約金の支払いを渋るでしょうし、払った後なら金返せと裁判になるでしょう
なぜ夢を売る商売だけ、客は望んだ夢を提供されなくても馬鹿にされなくてはならないのでしょう
娯楽は娯楽として、最初から最後まで完結して欲しいという願いはそんなに的外れな話ではないと思います
私はそういった夢を売る商売ができないなと感じるのは、仕事中にそんな風に自分の中でいつか冷める瞬間が訪れるであろうと考えるので、冷めた後も同じ熱量で娯楽を演じきれないと思うからです
有名YOUTUBERとかが、「一日中撮影と編集で辛い」や「YOUTUBERも普通のサラリーマンと同じくらい苦労している」といった旨の発言をするのもどうかと思います
『好きな事で生きていく』という標榜はどうなったんだと思うので
というお話でした