行き過ぎたミニマリストは災害時に弱い…と思ったがそれは極論過ぎるかも知れない

初めまして

melloと申します

 

今回のテーマは『ミニマリスト』です

 

結果だけ知りたい方向けに結論を先に書かせて頂きます

 

ミニマリストが生活に困窮するくらいの規模の災害が起こったのなら、普通の人も同じ様に困窮しているので、結局は国の(自衛隊など)の助けに縋るよりない

 

内容が気になった方は引き続きご覧ください

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、今回はミニマリストについてです

以前にも記事にしました

melloblog.hatenadiary.com

以前の記事で、行き過ぎたミニマリストという事で「自宅で風呂に入らない、なぜならスポーツジムのシャワーがあるから」や「冷蔵庫は持たない、なぜなら近くにスーパーがあるから」という主張を例に出しました

これは一見して、そうは言っても家で風呂に入ったり冷蔵庫を置く方が便利だろうという普通の人に反する考え方で目を引きます

これに対し、災害時にはスポーツジムはやっていないし家の水が出るかも怪しい、スーパーに品物があるかどうか分からない、だから普段から災害時への備えをするべきであり、ミニマリストは災害時に余計に人に迷惑をかける事になる生き方である

とする反論があります

私もこういった考えに賛同する考えを持っていましたが、再考すると少し見え方が変わった気がします

そもそも、『災害時』という状態を一括りにして考えてはいけません

台風が来て風が強くて周囲のお店が皆閉めてる状態を災害時と呼ぶのか

大雨によって川が氾濫して街中水浸しになる状態を災害時と呼ぶのか

地震により幹線道路が全て陥没し周辺の街からトラック等で物品を運べない状態を災害時と呼ぶのか

いろいろ考えられます

少しの間(数日程度)強風によりお店が閉まるくらいの災害であれば、普段の備えで何とでもなります

ミニマリストで備えが無くても、最悪何とか我慢できる程度ですね

では川の氾濫で街中水浸しになったり幹線道路が陥没する程の地震が発生した場合はどうでしょう?

これはもちろん停電もするでしょうし、食料の備えも底をつくほど復旧に時間がかかります

こんな状態であれば国の援助が出るでしょう

具体的には自衛隊による物品の運搬や、毛布の配布などですね

当然そこにはミニマリストであるかどうかなどは関係がありません

結局、個人で出来る災害対策など高が知れています

災害時に備えがあるかどうかというのは、せいぜいが数日間を快適に過ごせるかどうかという違いしかないのです

それよりもむしろ、災害時にどういう行動をすべきか?という知識の方が物を言うと考えます

災害時に傷病を抱えたにしても、何の知識も無い人の所に救急キットがあるよりも、綺麗な救急キットは無いけれど正しい救急の知識がある方が生存率は上がります

もちろん救急の知識があり、綺麗な救急キットがある方が良いに決まっていますが、実際は災害時の備えをしたという満足感から知識の補充を怠る人がほとんどです

結局、災害が起こった時、ミニマリストであるかそうでないかには大した違いはなく、正しい知識があるのかどうかだと考えます

ミニマリストは災害時に弱いという考えは、金融投資に例えると「日本国債券は日本政府がデフォルトしたら無価値だから買わない」や「国際分散投資をする(VTを買う)と言ってもバンガードが倒産したら無価値になる」という言い分と似ているかと思います

いつかくる災害(株価の暴落)に備えているからという慢心こそが危ないのではないか?

というお話でした