初めまして
melloと申します
今回のテーマは『トラウマ』です
結果だけ知りたい方向けに結論を先に書かせて頂きます
時間が解決する、とか発想の転換で解決した、とかって言うのは恐らく正しくなくて、ただただその人の人生に於けるほんの僅かの間の出来事だったのだと、自分の人生の時間の長さで徐々にゆっくりと、その記憶を薄めていく事しか出来ない
内容が気になった方は引き続きご覧ください
さて、今回はトラウマについてです
人生を順風満帆に生きて、50年、60年、70年も経った、という人は恐らく皆無であると思われます
人間、大小はあれど何かに挑戦し、敗北し挫折し、又は何らかのトラブルや他人の無配慮によってトラウマを抱えた経験はあると思います
それをどう克服したのかというのは個々人の特性というか資質の問題です
心理学者や精神科の医師であれば難しい理論や論文によってその克服方法を体系化し、分類し、その個別の事案に対する有効な手立てという物を提示してくれるのかもしれませんが、多くの人にとってトラウマというのは個人で勝手に抱え込み、個人で勝手に解決する問題です
そもそも、心の問題に対して社会的に寛容な風潮が出来て来ているのは、ほんのここ数年の話であって、それこそ昔は『鬱は甘え』と言われる様に、多くの人の共感を得られないトラウマなどは無い物として扱われてきました
そして、多くの場合トラウマというのは幼少期に心に刻み込まれる物です
そしてさらに、多くの場合、そのトラウマの内容というのは他人から見たら大した事では無いように思われるのです

前述した通り、多くの人はトラウマに対して一々医者に掛かったり、心理学者に相談する訳でも無く、自分なりの向き合い方や対処の仕方でトラウマを克服します
ですが、私が思うに、その『トラウマを克服した』というのは嘘なのではないかと考えます
そもそもトラウマというのは『克服』する物ではなく、その後の膨大な時間の経過によってトラウマ自身の記憶を少しづつ薄めていくしかないと思うのです
以前の記事でも似た様な結論となっておりますが、基本的に心に対するメソッドに、一気に100から0に持って行ける様な方法は存在していないと考えております
トラウマに対して、「時間が解決してくれる」とか「発想の転換で解決した」というのは恐らく正しくなくて、ただただその人の人生に於けるほんの僅かの間の出来事だったのだと、自分の人生の時間の長さで徐々にゆっくりと、その記憶を薄めていく事しか出来ないのだと思います
もちろん薄める事しか出来ませんから0には出来ません
コーヒーにミルクを一滴入れただけではあっても、そしてその後にどれだけコーヒーを注いでも、もうブラックコーヒーにはなれないのと同じで、トラウマによるダメージというのは一生付きまとう物なのです
というお話でした