初めまして
melloと申します
今回はテーマは『スパイダーマン』です
本記事は『スパイダーマンシリーズ』のネタバレが多分に含まれています
本漫画・本映画を未視聴であり、視聴する気がある方は本記事を読まない事をお勧めします
ネタバレが気にならない・視聴済みを視聴する気がない方のみ、引き続きご覧ください
結果だけ知りたい方向けに結論を先に書かせて頂きます
スパイダーマンは後続作品になればなるほど面白く無くなる
内容が気になった方は引き続きご覧ください
さて、今回は『無印スパイダーマン』『アメイジング・スパイダーマン』『MCU版スパイダーマン』の計8作品の映画を一気見した感想を書いていきたいと思います
私は個人的に、アメコミヒーロー映画の中ではスパイダーマンは結構好きな方です
始めて見た時が私が小さい頃だったというのもあり、それなりに思い入れもある作品です
そして、アメイジングシリーズ(1だけですが)は劇場に見に行った事もあり、これまたそれなりに思い入れがあります
が、MCU版スパイダーマンは見た事が無く、見る前に前作をおさらいしておこうと無印・アメイジングも見直した次第です
結論としては、スパイダーマンは後続作品になればなるほど面白く無くなる
というのが私の感想です
今回の記事を書くにあたり、似た様な感想を持つ人は居ないかとネットで検索をかけた所、詳細な記事がありました
詳細な情報が欲しい人はこちらのブログでご確認ください
以下は私の感想です
さて、先ずは私が面白く無いと思ったMCU版からです

そもそも、MCUとはなんぞや?
という話ですが、マーベル・シネマティック・ユニバースの略らしいです
要するに、マーベルヒーロー達が世界中に同時に存在する世界線のお話
という事です
アイアンマンやハルクやマイティソーやキャプテンアメリカやアントマンやドクターストレンジなど、多数のヒーローが同時に存在し、皆で協力して困難に立ち向かうというものです
私はここが引っかかりました
MCU版スパイダーマンには、当然の様にアイアンマンとドクターストレンジが出てきて何の説明も無しに活躍します
もし、視聴者が『純粋にスパイダーマンだけが好きな人』だった場合、アイアンマンやドクターストレンジが出てきても「おまえ誰?」となります
実際、私はドクターストレンジを知りません
コミックも映画も見ていないので、彼がどんな性格でどんな生い立ちでどんな能力があってどんな気持ちなのか推察する事しか出来ません
また、MCU版スパイダーマンにはピーター・パーカーが
どういった経緯でスパイダーマンとしての能力に目覚めたのかというストーリーが一切ありません
最初からスパイダーマンです
これは視聴者の感情移入を阻害しているのではないかと思われます
さらには、ピーター・パーカーの人格形成に於いて、かなり大きな影響を及ぼしている存在であるベン・パーカーが存在しない事になっています
ピーター・パーカーがスパイダーマンとなり、超絶的な能力に目覚めても『親愛なる隣人スパイダーマン』として活動するのは、ベンの教え『大いなる力には大いなる責任が伴う』があるからです
そのベンを抜きにしてアイアンマンに「親愛なる隣人でもやってろ」と言われます
この発言は完全に『親愛なる隣人』を見下している事が見て取れます
要するにMCUとしてはスパイダーマンは大したことが無いヒーローだと表現している訳です
MCUというのは上記にも書いた通り、他作品人気に肖った作品作りをしています
穿った見方をすれば、単独のタイトルでヒット作品を作る自身が無いと言えます
役者の出演料が高騰し、映像にもだいぶ凝った作りをする様になり、昨今の物価上昇などの煽りを受け、映画を1本作るのに莫大な資金が必要になるのは容易に想像が出来ます
ある意味、絶対に失敗できない環境の中、作品作りをしているのは理解できます
ですが、だからといってタイトルを冠したヒーローを蔑ろにして良い訳がありません
続いて、アメイジングシリーズです

アメイジングスパイダーマンでは、スパイダーマンになれるのは天才科学者リチャード・パーカーか、その血を引く者だけだったという、週刊少年ジャンプ的というかドラクエ的なストーリーでした
確かに、無印スパイダーマンでは研究所で遺伝子操作で生み出されたスーパースパイダーに、たまたまピーターが噛まれ能力に目覚める
というストーリーであり、それなら複数人のスパイダーマンが生まれてしまう可能性があります
しかし、そんな物は設定でどうとでもなります
例えば、ピーターが噛まれたスーパースパイダーには産卵後数日でクモの体内から消えてしまう成分が含まれていて、その成分のせいでスパイダーマンになれた
だとか
噛まれた後、激しい運動をして血液に乗って全身にクモの毒を行き渡せないとダメ
だとか
わざわざ血筋に限定する理由はないと思うのです
その割には、スパイダーマンの代名詞とも言えるクモの糸(スパイダーウェブ)はオズコープ社が開発した特殊素材を盗用し、スパイダーマンでなくとも出せるようになっています
その他にも、前作ヒロインのメリー・ジェーンではなく、前作のチョイ役(というか当て馬)だったグウェン・ステーシーをヒロインとしたのも理由が見当たりません
それならばいっそ、前作に全く名前も登場していない人物とすれば良い物の、「なんか聞いた事ある」レベルの名前をわざわざ引っ張り出してくるのも良く分かりません
あと、個人的に引用したブログにも書かれていますが
ピーター・パーカーが陽キャ風なのも気に食わないです
映像作品の主人公である以上、原作で『サエない高校生』と書かれていても、顔整いの役者を使うのは仕方がない部分があるとは思います
ですが、グウェンがピーターを上回る頭脳を持っていて…
という風にする必要はないでしょう
しかも警察署長の娘で…
とか属性を盛り過ぎです
しかも、無印スパイダーマンではヒロインに正体を明かすのはトラブルというか、明かす気は無かったのにバレたという感じでしたが
アメイジングではヒロインが『ピーターが隠し事してる』と拗ねたのを見て自白してます
これでは男向けの『スーパーヒーロー物のアクション映画』ではなく女向けの『設定モリモリの恋愛映画』です
総じて、何とか前作の無印から変化を加えようとばかりして、大事な部分を見失ってしまっていると思います
最後に無印スパイダーマンです

1作品目なので当然と言えば当然ですが、アメイジングやMCUに比べ
ピーターがなぜ、スパイダーマンとして活動するのかや
どういった心情で好きな女の子を諦めたのかや
それでもやっぱり好きで諦めきれない様子などがキッチリ描かれていて、私個人としては面白いと感じます
アメイジングで描かれている通り、設定に色んな謎や穴があるとは思いますが
見ていて矛盾や違和感は覚えませんし、有っても良い余白部分かと思われます
手首からクモの糸が出るなんて非科学的だというのは、ナンセンスですしだったら他のスーパーヒーローも非科学的な部分は多分にあります
昔有った批判に『手から糸を出す蜘蛛の種類なんていない』なんて批判があったようですが、文句を言いたいだけなのだと思われます
無印スパイダーマンを語る上で、3の評判の悪さに触れない訳にはいきません
監督自ら『3は駄作だ』と語ってるらしく、その理由が作中に3人も敵を登場させ、それぞれが中途半端な描き方になった
というものらしいです
が、個人的には致し方がない部分があると思っています
1ではグリーンゴブリンと戦い、2ではドクター・オクトパスと戦いましたが、3作品目でも一人の敵と戦うのではマンネリになりかねません
何か新しい部分が欲しい所ではあります
そこで、ハリーとの共闘が良いとなる訳です
確かに、ハリーとの和解~共闘の流れや、ウィリアム・ベイカー(サンドマン)の人物紹介や、ヴェノムがなぜピーターに執着したのかなど、全てを丁寧に描こうとしたら時間が足りないのは分かりますし、中途半端と言えます
が、それなりに形にはなっていますし、私個人としては良く出来ていると感じました
というお話でした