『明らかに』という言葉を多用する人間は信用してはならない

初めまして

melloと申します

 

今回のテーマは『明らかに』です

 

結果だけ知りたい方向けに結論を先に書かせて頂きます

 

証明をせずに印象で語っている言葉である

 

内容が気になった方は引き続きご覧ください

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、今回は『明らかに』という言葉についてです

この言葉、最近良く聞く様になっていませんか?

私自身も他人事ではないのですが、自分の頭の中でぐるぐると考えて考えて考え抜いた時の結論というのは、どうしても『明らかに』という言葉を使いがちです

なぜなら、自分の中では結論が出ている話ですので、全ての分岐に答えが出ているのです

ここに誰か違う人間の視点を入れると「こういう見方も出来るんじゃない?」となる事も本人には見えていませんから、『明らかに』という言葉で証明されていない事柄について勝手に決定してしまっているのです

ではなぜこんなにも最近になって『明らかに』という言葉を聞くようになったのか?

それはおそらくネットの発達によって、個人が個人の考えを発表する場が多くなったからかと思います

個人が、ある事柄について考える時、ずっと自分の中だけで考え続けるのと、他人と情報共有をして、同じ事柄についてディスカッションする場が少なくなっている…或いは、他人と情報共有する前に既に結論を出してしまうという傾向があるのではないかと考えます

インターネットによって、人と人の距離は間違いなく遠くなりました

それによって便利になったり、ビジネスになったり、娯楽が増えたり、人類にとってメリットは計り知れないほど恩恵はあったかと思います

ですが、人と人の距離は間違いなく遠くなったのです

以前記事にしたアーミッシュという人達はこういった事態を危惧しているかもしれません

melloblog.hatenadiary.com

人と人の距離が遠くなった結果、全ての事柄について、100%他人の意見か、100%自分の意見かという二択になってしまっている気がします

つまりは0・100理論ですね

例を出すと

OLが夜道を一人で自宅に向けて帰っていると後ろから男性が付いてくる

曲がり角を3っつ程曲がったけどまだ付いてくる

『明らかに』ストーカーだ とか

学校の教室で可愛い女の子と3回も目が合った

『明らかに』俺の事が好きだ とか

上司が自分にばかり仕事を振ってくる

『明らかに』上司は自分が嫌いだ とか

どれもが証明が出来ていない段階で決めつけています

ただの印象でしかありません

証明されていない物を、印象だけで、あたかも証明されている事であるかの様に語っているのです

こんな人物は、他の事柄についても同様の事をするかもしれません

つまり、言葉に重みを無い人物と言えます

ただ、私のこの主張も、なんら証明がなされている発言ではありません

もしかしたら『明らかに』という言葉を多用する人でも信用に足る人物も居るかもしれません

なので、私はあくまでも、「私は信用しない」と言うに留めておきます

というお話でした