初めまして
melloと申します
今回のテーマは『対話』です
結果だけ知りたい方向けに結論を先に書かせて頂きます
会話が出来ているからと言って日本語が通じているとは限らない
内容が気になった方は引き続きご覧ください
さて、今回は対話を重視する人についてです
最近の分かりやすい事例として、ロシア・ウクライナ戦争にて、ウクライナはロシアと対話して停戦すべきだと主張する人がいます
私はこの主張は馬鹿げていると考えますが、ネット上では一定数の理解が得られている様です
そもそも、ロシアが一方的に武力による侵略戦争を始めたのにも関わらず、今対話を始めるとしても、侵略して実効支配する地域をロシアが放棄すると思いますか?
そして、ロシアが放棄しないのであればそれはロシアのやった者勝ちを認める事になり、今後も事あるごとに武力による侵略戦争を起こすでしょう
それはロシアに限らず、諸外国にもやった者勝ちを羨ましく思い、世界各国で武力による侵略戦争が勃発する事でしょう
この状態を回避する為には、侵略戦争を起こしたロシアを徹底的に攻撃し、国が疲弊してメチャクチャになって、ロシアが「もうやめてくれ」と懇願する状態にまで持っていかなくてはなりません
その上で、ロシアが侵略戦争で支配した地域+αの土地をウクライナへ譲渡する、又は莫大な戦争賠償金を支払わせるかをさせなくてはなりません
とにかく、世界の空気感として『侵略戦争なんかしたら国が滅ぶ』というイメージを植え付けて、侵略戦争に躊躇するようにしなくてはなりません
『とにかく話し合いで両国で納得できるラインを決めなくてはならない』という主張は、ロシアが疲弊して戦争によって得た物が何もない状態から始めないといけません
今現在戦争中の両国で出来る事ではありません
実生活に於いても、『説得が得意』とか『議論が得意』などと言う人がいます
ただ、話し合いとは互いの主張の妥協点を探りだす行為ですが、こういった類の人間は一つも妥協することなく、一つも譲る事無く、自分の言う事を一ミリも変えない事を旨としています
当たり前ですが、そんな人間を相手にしていると、いつかは面倒臭くて折れます
結果として、説得に成功したと主張する事になるのです
これははたして『話し合い』でしょうか?
私にはただのワガママな子供が成長することなく歳だけ重ねただけの大人の様に映ります
スーパーで母親にお菓子を強請っても買ってくれなくて、スーパーの床に寝転がって泣き喚く子供です
母親は周囲の目もあり、仕方がないので買ってあげます
そして子供は「自分はおねだりが上手なんだ」と考えます
つまり、現実には話し合いは成立していないのです
私は、人と人は完全には理解し合えないという考えです
ただ、それはAが考えている事を言葉を持ってBに100%を伝えきるのは不可能であるという意味であって、99%は意思疎通出来るのです(数字は適当です)
話し合いをして妥協し合う場合は互いに50%ずつ譲歩する事です
或いは、「ここは譲れない」という箇所10%は譲ってもらう代わりに残りの90%を相手に譲るといった譲り合いこそが『話し合い』なのです
前述のお菓子を強請る子供は自らの主張を100%請求し、1%も譲る気がありません
ここまで言えば分かると思いますが、これは『話し合い』ではありません
ただの脅迫です
背後にあるのが暴力であれば法律違反となりますが、ここで背後にあるのは時間です(この人物に1%の譲歩を引き出すのは相当な時間の無駄なので普通はこの人物を見切ります)
上記の引用記事でご紹介した哲学者 ウィトゲンシュタインは言語を用いての完全な意思疎通は不可能であると結論づけています
これは、善意の二人が相手の言葉から言いたい事を理解しようと努力しての結果ですから、相手の話を聞かない人物であった場合は、意思疎通はさらに困難になります
と、言うか不可能かと思います
我々日本人は、島国であり(ほとんど)単一民族しか居ない国で生まれ育ちました
当然話す言葉は日本語だけであり、人との言語を用いてのコミュニケーションが取れている気になっています
しかし、実際は言葉の理解は人によって違います
料理に対する評価で、『美味しい(おいしい)』と『美味い(うまい)』について使い分けていますでしょうか?
私は個人的にですが、本当に美味しい物にしか『美味しい』という言葉は使いません
社交辞令の場や、レベルの高いコンビニ食などには絶対に『美味い』を使う様にしています
ただ、そんな拘って言葉を使用している人など、あまり存在していませんし、別にそれで良いと思っています
その人が何に重きを置いているかなんてその人にしかわからないのですから
なので、同じ日本人・同じ日本語を話すからと言って、同じ言葉が同じ意味を持つとは限らないのです
つまり、受け答えの会話のコミュニケーションが出来ているからと言って、貴方の思う日本語が相手に通じている訳ではないのです
そしてそれは、逆もまた然り
というお話でした